2009年11月19日

close my eye

いつも思うんだけど、どこかに歩いていくときに、いちいち「右足前へ、。左足地面をけって。」って意識しなくても歩けてしまうのは不思議なことですね。

首の右側のあごの下あたりが痛いなあ。扁桃腺かな?と思っていたら、次の日には顔の右半分がほとんど動かなくなってしまいました。
目を閉じようとしても右目だけ半分くらいしか閉じてくれない。
笑っても上がるのは左の口だけ。
顔面神経麻痺です。顔の片側だけに現れるのが特徴です。
お医者さんに診てもらったところ、ベロの付け根のほうが炎症を起こしているようです。ネットで調べてみたら、顔の筋肉を動かす神経が頭蓋骨の小さな穴から出ているらしいのですが、それが何らかの理由で圧迫されたりしてなるそうです。おそらくべろの付け根の炎症が広がっているのが原因だと自己判断。
炎症のお薬と神経回復のお薬をもらってのんでいます。

とりあえず、眠るときはテープで右目をふさいで見ることに。
「普段寝てるときも半分くらいあいてるよ」と恋人は言いますが(怖、無意識の瞬きもできないだろうから、念のためテープで固定しています。

ちゃんと直るといいのだけど。
朝起きたときにテープをはずすとまつげが抜けるので痛いです。
posted by mole at 06:31| Comment(3) | ランチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月29日

our lives as a mole #2

#2 friends

いくつでもいいけれど仮に僕らが68歳だとしよう。
さらに生活が苦しく、体の具合が悪いせいで、日々の仕事さえままならない。銀行の貯金もそこをついて、住んでいる場所を維持することができなくなった。両親はすでにおらず、結婚はしていないか、あるいはしたことはあるが、何らかの理由で今はひとり。子供がいない、あるいはいても頼ることができない。
「そんな状況ありえないよ!」とはたぶん言い切れない。

路頭に迷った未来のある日、あなたは持って行くあてのない荷物の整理も進まないまま、部屋で呆然としている。

そんな時ドアが開く。
うわさを聞きつけてやってきた、同じ年齢になった友人の顔がそこにある。
「うちにおいでよ。まあ、何とかなるよ。」
友人もまた裕福ではないはずだ。でもその言葉にあなたは久しぶりに笑ってうなづく。

この友人て言うのはどういう人なんだろうか。
1.ほとんどしゃべったことないけれど、マイミクだお^^
 >>>どう考えても無理
2. 何十年も連絡は取っていないが、高校時代までの親友
 >>>「うわさ」を聞きつけることができないだろう
3. 大学のころ親友だと誓い合った。会ってないけれど、今でもきっと親友なはずだ。
 >>>訪ねていったところで、「最近そういう状況になったやつからちょくちょく連絡あるんだよねぇ」と怪訝な顔で門前払い。
4.仕事上の付き合いで意気投合して1年に何回か飲むようになった人がいる。
 >>>ああ、うん・・・。がんばって家に上がりこんでください。

逆の立場から考えれば、自分が受け入れる側になれる人は何人いるだろう。
たぶんそれが僕にとっての本当の友達の数だ。
物理的にもじゅうぶんといえる時間を一緒に過ごしており、忙しさを理由にすることなくちょくちょく会って話し、さらに現在そして68歳の未来まで、付き合い続けると思える人。
実はこれは恋人、結婚相手や子供では代わりにならないと思う。「永遠の愛」は誰も保障してくれないし、子供が「両親のために生きたい」などと育つことはまれである。(愛が永遠だと信じれたとしても、いつ過労死するか分からない・・・)

この世で信頼していいものなんてほとんどないが、あるとしたらそれは友達だ。だから友達を作るために、あるいは友達が友達でいるように僕らは意識して時間を作る必要がある。
昨日ちょっとふれた本にも面白いことが書いてあった。

ほうっておいてももつような関係は関係とはいわない。それは無関係というのだ

「ドキ!わたしのまわり無関係な人ばっかり!」
それって結構ヤバイ。
「東京ドーム20個ぶんくらい?」
とか、もう、そういうレベルじゃない。

有り余る時間のあった学生時代と比べれば、この年になってから知り合った人と友達になることは難しい。
僕には本当の友達になりたいなと思う人は何人かいるんだけれど、こっちからの愛情はあっても、向こうの仕事が忙しくて年に1・2回しか会えないとか、あるいは単に向こうからの愛情がないとかあるのかしら(ガックシ)そんなこんなでなかなか難しい。
でもこの2年の間に、新しく知り合った人でそういう友達になれてきたなと思える人々もいる。
ありがたいことだ。
だから、僕はめげずにあなたにアプローチを続けてみよう。

そんなめんどくさい僕にちょいちょい付き合ってる人とか超偉い。もっとがんばれ。超がんばれ。
posted by mole at 04:49| Comment(0) | 腹ゴナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月28日

our lives as a mole #1

#1 Marriage

先日密林時代の友人の結婚式の二次会にお邪魔した。
実に幸せそうな二人であったし、僕は最後のほうのなんかのクイズで偶然に指名され、「ええと、答えはAの「足を洗ってあげる」?」と答えたら意外にも正解で一等商品があたってしまい、非常に恐縮したわけであるが。

さてさて、というわけでお察しのとおり今日は最近はやりの「おひとりさま」の話。

友人から「おひとりさまの老後」という本を借りて読んでいる。
1人でどう暮らし、誰と付き合い、どんな介護を受けて、どう死ぬかという内容である。
これが面白い。

最初に僕が思っていることをさっさと言ってしまえば、僕は年々、結婚というもの、あるいはそれに近い状態になることに対して基本的に疑惑の目しか持たないようになってきている。
もっと正確に言うと、結婚したりカップルになれば「不完全なものが完全に」なったり、「足りない力が補填」されたり、「不安が解消」されると信じて結婚を求める人間が多すぎると思っている。もちろん結婚でそんなものが解消されるなんて何の根拠もないのだが。
要するに人間として一人前(経済的だったり精神的に)じゃないがために結婚に解決を求める人間である。(そして解決するわけがない)

「結婚すれば信じられない彼の気持ちも信じられるようになる」とか
「結婚すれば世の中も一人前だと認めてくれる」とか
「お金もこれで心配なくなるわ」とか
「なんとなく1人ってさびしい」とか
「俺は作りたくないけど、手造りの夕食が食べたい」とか
「子供があたしの人生の夢」とか・・・
そういうヤカラはぜひ僕の知らない人と結婚してほしいものだ。
彼らが僕の大切な友人と結婚しようものなら、友達づきあいにまで嫉妬してくるわでめんどーくさくて必ず友人との縁は切れてきた(笑。
一人前じゃないほど、パートナーを自分だけのもの(あるいはあらゆる人間関係の中で自分との関係が一番)と信じ込もうとがんばる。
めんどくさすぎる。

じゃあどういう人間が結婚するべきなのか?
それは「おひとりさま」でもじゅうぶん暮らしていける人間じゃないだろうか。自分でお金も稼げるし、自分で飯も作れるし、自分自身の生き方に喜びがある。
・・・てことは別に結婚しなくてもいいんじゃない?という突っ込みはおいといて、その上で初めて人は対等だと僕は思う。
対等でない関係で結婚したとしたら、それはその時点でDVだ。
いやいや大げさでなく。お互いがお互いに精神的なDVだと気づくべきだ。

気持ちは分かります。特に女性たち。
結婚していないことへの世の中からのハラスメントは想像を絶しますが、それに負けてあなたが結婚に逃げ込むのは危険すぎる。
あらゆる人が幸せな結婚をしているのなら、そんなハラスメントは起こらない。ハラスメントの根源は、いやらしい嫉妬でしかない。
おひとりさまで生きていられるあなたを、同じ場所へ引きずり込もうとする罠かもしれない。

そんなわけで僕はシングルの友人たちが大好きである。
もちろん結婚していても結婚していないときと同じフットワークで遊べる友人なら同じように大好きではある。
僕には一緒に暮らしている恋人がいて結婚に近いが、友人よりも恋人のほうが大切などと考えたことは一度もない。というか人間関係を天秤にかける頭の悪さを持ち合わせていないだけなのかもしれないが。

何かの理由で結婚をもしする(しなくてはならない)のなら、最初に書いた二人のように立派なおひとりさま同士でやってもらいたいものだと僕は切に願っている。
当たり前だが、人間はいつだってシングルが基本だ。


そんなこんなでこのシリーズは続きます。
posted by mole at 06:14| Comment(6) | 食えないもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月23日

-training

できないことをやろとしたり
うたえない歌をうたおうとしたり
何かを言葉にすることさえ無理だけれど
日々を楽しむ方法なら教えてあげられる
それなら簡単だよ

作れるはずのないものを作ろうとしたり
救えないものに手をさしのべるのは無理なこと
できることなんて何もないんだ
でも君がちょうどいいテンポでいられるように教えてあげられる
それなら簡単だよ

愛だけでじゅうぶん
人を愛せれば君にはじゅうぶん
愛することを 愛を
君は求めてる

知りえないことを知ろうとしたり
見えるはずのないものに目を凝らしたり
君がいるはずのない場所にいようとするのはやめてしまおう
簡単だよ

愛だけでじゅうぶん
人を愛せれば君にはじゅうぶん
愛することを 愛を
君は求めてる

There's nothing you can do that can't be done
Nothing you can sing that can't be sung
Nothing you can say
But you can learn how to play the game
It's easy

Nothing you can make that can't be made
No one you can save that can't be saved
Nothing you can do
But you can learn how to be you in time
It's easy

All you need is love
All you need is love
All you need is love, love
Love is all you need

Nothing you can know that isn't known
Nothing you can see that isn't shown
Nowhere you can be
That isn't where you're meant to be
It's easy

All you need is love
All you need is love
All you need is love, love
Love is all you need
posted by mole at 00:39| Comment(0) | ミッドナイトスナック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月22日

sea of time

先に yellow submarine, ABBEY ROAD, Let It Beのアルバムが届きました。他のアルバムは来週かな。

CDというものが発明されて、25年くらいになるわけだけど、おそらく最初は多くの技術がまだ未熟な段階にあって、それは四半世紀の間に少しずつ進化を遂げていたのだろうと気づきました。

その進化が「レコードの時の音が戻ってきた!」となったのは皮肉にも聞こえますが、立体的で、音同士がつぶしあわずにいられるような音の空間再現をデジタルが行えるようになったというのは、大きな成果として喜ぶべきことでしょう。

この25年僕が聞いていたのは車に惹かれてぺちゃんこになったあげくに乾いてしまったカブトムシ、そんなビートルズだったわけです。もちろんそれは今になって分かったわけですが。
デジタルリマスターなるものがどのくらい気の遠くなる作業か分かりませんが、そんな手間隙をかけてもう一度生まれたビートルズは、ちょっともうこんなにかっこいいバンドはいないんじゃないの?というくらい新しいです。

デジタルの手軽さと便利さが熱狂的に歓迎される時期を過ぎて、デジタル自身も謙虚になり、また人々もIPODから送られるMP3データが「圧縮されている」という事実を知っていてある種の妥協という認識の上でそれを聞く時代になっているのかもしれない。
デジタルでアナログ的なものを再現させようとする努力は、音楽だけではなく、映像の分野でも行われていることだけれど、その努力が本当に大変だとしたら、それはもう一種のアナログなわけで。
ただ、電子ブックで僕は本を読まないだろうし、本当に大切なメッセージをメールでは打たないだろうということは頑固爺として変わらないわけですが、もしかしたら職人たちの手で、その突破口が開ける日が来ないとは言い切れない。
・・・まあ無理かなとも思うわけですが。とてもいい物語を紙のページをめくりながら追う感覚をデジタルが再現できるとは思っていないから。

でもビートルズはデジタル職人たちのたくさんの努力によっていいものが出来上がったので、敬意を表します。、
ふるいビートルズCDはもう捨てていいと思います。
白いCDを用意してうちに遊びに来るのもいいし、紙で統一されたジャケットはどのアルバムもとてもかわいいし愛着がもてるので買ってもいい。
もしかしたらこの紙ジャケットは限りなく紙にちかい、デジタルな物体なのかもしれませんけどね。
フフフ。
posted by mole at 02:03| Comment(0) | ランチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする