いくつでもいいけれど仮に僕らが68歳だとしよう。
さらに生活が苦しく、体の具合が悪いせいで、日々の仕事さえままならない。銀行の貯金もそこをついて、住んでいる場所を維持することができなくなった。両親はすでにおらず、結婚はしていないか、あるいはしたことはあるが、何らかの理由で今はひとり。子供がいない、あるいはいても頼ることができない。
「そんな状況ありえないよ!」とはたぶん言い切れない。
路頭に迷った未来のある日、あなたは持って行くあてのない荷物の整理も進まないまま、部屋で呆然としている。
そんな時ドアが開く。
うわさを聞きつけてやってきた、同じ年齢になった友人の顔がそこにある。
「うちにおいでよ。まあ、何とかなるよ。」
友人もまた裕福ではないはずだ。でもその言葉にあなたは久しぶりに笑ってうなづく。
この友人て言うのはどういう人なんだろうか。
1.ほとんどしゃべったことないけれど、マイミクだお^^
>>>どう考えても無理
2. 何十年も連絡は取っていないが、高校時代までの親友
>>>「うわさ」を聞きつけることができないだろう
3. 大学のころ親友だと誓い合った。会ってないけれど、今でもきっと親友なはずだ。
>>>訪ねていったところで、「最近そういう状況になったやつからちょくちょく連絡あるんだよねぇ」と怪訝な顔で門前払い。
4.仕事上の付き合いで意気投合して1年に何回か飲むようになった人がいる。
>>>ああ、うん・・・。がんばって家に上がりこんでください。
逆の立場から考えれば、自分が受け入れる側になれる人は何人いるだろう。
たぶんそれが僕にとっての本当の友達の数だ。
物理的にもじゅうぶんといえる時間を一緒に過ごしており、忙しさを理由にすることなくちょくちょく会って話し、さらに現在そして68歳の未来まで、付き合い続けると思える人。
実はこれは恋人、結婚相手や子供では代わりにならないと思う。「永遠の愛」は誰も保障してくれないし、子供が「両親のために生きたい」などと育つことはまれである。(愛が永遠だと信じれたとしても、いつ過労死するか分からない・・・)
この世で信頼していいものなんてほとんどないが、あるとしたらそれは友達だ。だから友達を作るために、あるいは友達が友達でいるように僕らは意識して時間を作る必要がある。
昨日ちょっとふれた本にも面白いことが書いてあった。
ほうっておいてももつような関係は関係とはいわない。それは無関係というのだ
「ドキ!わたしのまわり無関係な人ばっかり!」
それって結構ヤバイ。
「東京ドーム20個ぶんくらい?」
とか、もう、そういうレベルじゃない。
有り余る時間のあった学生時代と比べれば、この年になってから知り合った人と友達になることは難しい。
僕には本当の友達になりたいなと思う人は何人かいるんだけれど、こっちからの愛情はあっても、向こうの仕事が忙しくて年に1・2回しか会えないとか、あるいは単に向こうからの愛情がないとかあるのかしら(ガックシ)そんなこんなでなかなか難しい。
でもこの2年の間に、新しく知り合った人でそういう友達になれてきたなと思える人々もいる。
ありがたいことだ。
だから、僕はめげずにあなたにアプローチを続けてみよう。
そんなめんどくさい僕にちょいちょい付き合ってる人とか超偉い。もっとがんばれ。超がんばれ。

